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百人一首

【百人一首】の基本知識まとめ

本記事では百人一首の【日本語訳・意味・歴史】のまとめをご紹介します。

百人一首の歴史

百人一首は一般的に「小倉百人一首」として知られており、藤原定家がまとめたものです。百人一首は天智天皇から順徳天皇までの時代の貴族などが詠んだ和歌の中から、優れた和歌などを年代にわたって百人分まとめたものです。百人一首が完成したのは1235年5月27日です。

【百人一首】訳・意味・解説

百人一首の「訳・意味・解説」を順番にまとめさせていただきました。

1番歌

秋の田のかりほの庵の苫をあらみ
わが衣手は露にぬれつつ(天智天皇)

【読み方】あきのたのかりほのいほのとまをあらみわがころもてはつゆにぬれつつ
【訳】秋の田に作った仮の小屋にいると、小屋の苫(とま)の編み目が荒いので、私の袖は露に濡れている。
【解説】かりほの庵:農業用の小屋。苫:藁や萱を編んだもの。苫を粗み:苫があらいので。歌のは第38代天皇の天智天皇。

2番歌

春過ぎて夏来にけらし白妙の
衣干すてふ天の香具山(持統天皇)

【読み】はるすぎてなつきにけらししろたへのころもほすてふあまのかぐやま
【訳】春が過ぎて夏が来たらしい。「夏になると衣を干す」という天の香具山に衣が干されている。
【解説】この歌は二句切れになってます。来にけらし:来たらしい。白妙(しろたえ)の衣:木の皮などでつくられた真っ白な衣のこと。歌を作ったのはは持統天皇で才能に優れた女帝でした。

3番歌

あしびきの山鳥の尾のしだり尾の
ながながし夜をひとりかも寝む(柿本人麻呂)

【読み】あしびきのやまどりのをのしだりをのながながしよをひとりかもねむ
【訳】山鳥の長く垂れさがった尾のように長い夜を、一人で眠るのであろうか。
【解説】あしびきの:山の枕詞。山どり:キジ科の鳥で、夜は谷で一羽で眠る。しだり尾:垂れ下がっている尾。。歌を作ったのは柿本人麻呂で三十六歌仙として、その歌が高く評価されています。

4番歌

田子の浦にうち出でて見れば白妙の
富士の高嶺に雪は降りつつ(山辺赤人)

【読み】たごのうらにうちいでてみればしろたへのふじのたかねにゆきはふりつつ
【訳】田子の浦に出て見渡してみると、富士の高嶺に真っ白な雪が降っている。
【解説】白妙(しろたえ):白いものを導く枕詞。田子の浦:静岡県富士市にある海岸のこと。うち出でて:広い場所に出る。降りつつ:ここでは「降り積もっている」という意味。歌を作ったのは山辺赤人で奈良時代の歌人で三十六歌仙の一人として有名です。

5番歌

奥山に紅葉踏み分け鳴く鹿の
声聞く時ぞ秋は悲しき(猿丸大夫)

【読み】おくやまにもみぢふみわけなくしかのこえきくときぞあきはかなしき
【訳】奥山で散り落ちた紅葉(もみじ)を踏みわけて行き、鳴く鹿の声を聞くときが、秋がとくに悲しく感じられる。
【解説】奥山:人が行かないような山。歌を作ったのは猿丸大夫(さるまるのたいふ)で三十六歌仙の一人です。

6番歌

鵲の渡せる橋に置く霜の
白きを見れば夜ぞ更けにける(中納言家持)

【読み】かささぎのわたせるはしにおくしものしろきをみればよぞふけにける
【訳】鵲(かささぎ)がつばさをならべて渡したという橋に、置いた霜がさえわたっているのを見ると、夜もふけたということだろう。
【解説】鵲(かささぎ):カラス科の鳥で、七夕の伝説で有名になりました。鵲(かささぎ)がかけた橋は天の川ということです。歌を作ったのは大伴家持(おおとものやかもち)で三十六歌仙の一人です。万葉集を最終的にまとめた人物と言われています。

7番歌

天の原ふりさけ見れば春日なる
三笠の山に出でし月かも(安倍仲麿)

【読み】あまのはらふりさけみればかすがなるみかさのやまにいでしつきかも
【訳】遠くまで広がった大空を見渡してみると、月が出ている。あの月は春日にある三笠の山にのぼった月なのだなあ。
【解説】天の原:広々とした大空。ふりさけ見る:振り向いて遠くを見る。春日:奈良市、春日神社のあたり。三笠山:春日大社の後ろにある山。歌を作ったのは安倍仲麿(あべのなかまろ)で百人一首の中で唯一、異国で歌を詠みました。

8番歌

わが庵は都のたつみしかぞ住む
世をうぢ山と人はいふなり(喜撰法師)

【読み】わがいほはみやこのたつみしかぞすむよをうぢやまとひとはいふなり
【訳】私の小屋は都の東南にあり、のどかに暮らしている。しかし、世間の人は世間を避けて宇治山に住んでいると言っているらしい。
【解説】庵(いお):草木を編んで作った小屋。たつみ:方角を十二支にあてはめると東南という意味。しか:このように。世をうぢ山:世を嫌うという意味の憂(う)と地名の宇治(うぢ)をかけています。歌を作ったのは喜撰法師(きせんほうし)で六歌仙の一人です。六歌仙とは紀貫之があげたすぐれた六人の歌人のことをいいます。

9番歌

花の色は移りにけりないたづらに
わが身世にふるながめせし間に(小野小町)

【読み】はなのいろはうつりにけりないたづらにわがみよにふるながめせしまに
【訳】花の色はすっかりあせてしまったなあ。降り続く長雨をぼんやり眺めながら物思いにふけっている間に。
【解説】花の色:桜の花の色、作者の容色を掛けている。いたづら:ひま。手持無沙汰な状態。歌をつくったのは小野小町(おののこまち)で六歌仙、三十六歌仙の一人です。世界三大美女の一人としても有名。

10番歌

これやこの行くも帰るも別れては
知るも知らぬもあふ坂の関(蝉丸)

【読み】これやこのゆくもかへるもわかれてはしるもしらぬもあふさかのせき
【訳】これがあの、東国へ行く人も帰る人も、知る人も知らぬ人も、会っては別れる逢坂の関なのだ。
【解説】これやこの:これがあの。あふさか:近江と山城の間にあった関で別離の場合によく詠われる関です。歌を作ったのは蝉丸(せみまる)で平安時代の歌人です。蝉丸は盲目だったという話もありますが、伝説的な歌人なので素性が具体的には分かっていません。

 

11番歌

わたの原八十島かけて漕ぎ出でぬと
人には告げよ海人の釣船(参議

【読み】わたのはらやそしまかけてこぎいでぬとひとにはつげよあまのつりぶね
【訳】「広い海へ数多くの島々を目指して船を漕ぎだして行った」と、都にいる人々に告げてくれ、漁師の釣り船よ。
【解説】わたの原:広々とした海。八十島(やそしま):多くの島々。かけて:目標として。人:思いをはせている人、都の人。歌を作ったのは参議篁(さんぎたかむら)。参議篁(さんぎたかむら)は遣唐使に命じられていましたが、藤原常嗣(ふじわらのつねつぐ)と争い、行くことをしなかったため、嵯峨天皇の怒りにふれ、隠岐へ流罪となりました。

12番歌

天つ風雲の通ひ路吹きとぢよ
乙女の姿しばしとどめむ(僧正遍昭)

【読み】あまつかぜくものかよひぢふきとぢよをとめのすがたしばしとどめむ
【訳】空を吹く風よ、雲の中の通り道をふさいでしまってくれ。この美しい少女の姿をもうしばしとどめておきたいのだ。
【解説】天つ風:空を吹く風。をとめ:未婚の少女を示し、ここでは天女を意味します。
この歌は五節の舞姫を天女に見立てた歌です。舞姫には公卿・国司の家の姫が4人選ばれて、舞を披露していました。歌を作ったのは僧正遍昭(そうじょうへんじょう)で俗名が良岑宗貞(よしみねのむねさだ)です。平安時代の歌人で六歌仙、三十六歌仙の一人でもあります。桓武天皇の孫で、素性法師(21番歌)の父にあたります。

13番歌

筑波嶺の峰より落つるみなの川
恋ぞ積もりて淵となりぬる(陽成院)

【読み】つくばねのみねよりおつるみなのがはこひぞつもりてふちとなりぬる
【訳】筑波山の峰から流れ落ちるみなの川が積もり積もって深くなるように、私の恋もどんどん深くなったのだ。
【解説】筑波嶺(つくばね):茨城県の中央に位置する筑波山。みなの川:筑波山から流れる川。男女川とも書きます。淵:川の深いところ。歌を作ったのは陽成院(ようぜいいん)で若くして位についたものの17歳で退位させられ、隠遁生活を送りました。元良親王(20番歌)の父です。

14番歌

陸奥のしのぶもぢずりたれゆゑに
乱れそめにしわれならなくに(河原左大臣)

【読み】みちのくのしのぶもぢずりたれゆゑにみだれそめにしわれならなくに
【訳】陸奥国でしのぶが乱れている模様のように、私の心も乱れているのは、あなたを思ったからなのです。
【解説】陸奥(みちのく):東北地方東半部。しのぶもぢすり:「しのぶ」が草の名前。福島県信夫地方の産物で、捩れ模様の摺り衣のこと。歌を作ったのは河原左大臣で本名を源融(みなもとのとおる)といいます。源氏物語で登場する光源氏のモデルの一人といわれています。

15番歌

君がため春の野に出でて若菜摘む
わが衣手に雪は降りつつ(光孝天皇)

【読み】きみがためはるののにいでてわかなつむわがころもでにゆきはふりつつ
【訳】あなたのために春の野に出て若菜を摘んでいると、わたしの袖に雪が降りかかってきております。
【解説】若菜(わかな):春に生える草で食用ともされています。衣手(ころもで):袖。つつ:~ながら。歌を作ったのは光孝天皇(こうこうてんのう)で仁明天皇の第三皇子です。宇多天皇の父です。源氏物語に登場する光源氏のモデルの一人といわれています。

16番歌

立ち別れいなばの山の峰に生ふる
まつとし聞かば今帰り来む(中納言行平)

【読み】たちわかれいなばのやまのみねにおふるまつとしきかばいまかへりこむ
【訳】あなたとお別れして因幡(いなば)の国へ行っても、「因幡山(いなばやま)の峰に生える松のようにあなたが待っている」と聞いたならすぐに帰ってまいりましょう。
【解説】因幡山(いなばのやま):鳥取県に位置する山。まつ:「松」と「待つ」を掛けている。歌を作ったのは中納言行平で在原行平(ありわらのゆきひら)として知られています。平安時代の歌人で在原業平(17番歌)の異母兄です。

17番歌

ちはやぶる神代も聞かず竜田川
からくれなゐに水くくるとは(在原業平朝臣)

【読み】ちはやぶるかみよもきかずたつたがはからくれなゐにみづくくるとは
【訳】神代にも聞いたことがない。竜田川の水の流れを赤染めになるとは。
【解説】ちはやぶる:神にかかる枕詞です。竜田川:奈良県生駒郡にある川。からくれなゐ:深紅。くくる:括染めにする。歌を作ったのは在原業平(ありわらのなりひら)で在原行平(16番歌)の異母弟です。美男子としても有名で、六歌仙、三十六歌仙の一人です。伊勢物語の主人公でもあります。

18番歌

住の江の岸に寄る波よるさへや
夢の通ひ路人目よくらむ(藤原敏行朝臣

【読み】すみのえのきしによるなみよるさへやゆめのかよひぢひとめよくらむ
【訳】住の江の岸に波がせまるわけではないが、夜までも、なぜ夢の通い路でも貴方は人目を避けているのでしょうか。
【解説】住の江:大阪市に位置する。よるさへや:「さへ」が~までもという意味で、明るい昼だけでなく夜さえもという意味。夢の通い路:夢の中で恋人に逢いにいく道のこと。人めよく:人目をさける、回り道をする。歌を作ったのは藤原敏行朝臣(ふじわらのとしゆきあそん)で平安前期の歌人です。三十六歌仙の一人です。

19番歌

難波潟短き蘆のふしの間も
逢はでこの世を過ぐしてよとや(伊勢)

【読み】なにはがたみじかきあしのふしのまもあはでこのよをすぐしてよとや
【訳】難波潟の葦の短いふしの間のようにほんの少しの時間も遭わないで一生を過ごせと、あなたは言うのでしょうか。
【解説】難波潟:大阪湾の入り江部分。みじかき蘆:蘆ではなく、蘆の節と節の間が短いことから、時間の短さとかけています。あはで:逢わないで。過ぐしてよとや:「とや」は「とあなたは言うのでしょうか。」との意味。歌を作っているのは伊勢で平安時代の女性歌人です。三十六歌仙の一人です。

20番歌

わびぬれば今はたおなじ難波なる
みをつくしても逢はむとぞ思ふ(元良新王)

【読み】わびぬればいまはたおなじなにはなるみをつくしてもあはむとぞおもふ
【訳】こうして思い悩んでしまったのだから今となっては同じことだ。難波の澪標というわけではないが、この身をほろぼしても貴方に逢いたい。
【解説】わびぬれば:思い変わらず悩む。今はた同じ:今となっては同じ。難波なる:難波にある。みをつくし:「澪標(みをつくし)」と「身を尽くし」とかけてある。
歌を作ったのは元良親王(もとよしてんのう)で平安時代の歌人です。陽成天皇(13番歌)の第一皇子で光源氏のモデルになったといわれています。

21番歌

今来むといひしばかりに長月の
有明の月を待ち出でつるかな(素性法師)

【読み】いまこむといひしばかりにながつきのありあけのつきをまちいでつるかな
【訳】あなたが「すぐに参ります」と言ったばかりに、九月の夜の月が出るまで待ってしまいました。
【解説】今来む:すぐに参ります。有明の月:夜更けに昇ってきて、夜が明けたのに空に残る月のこと。歌を作ったのは素性法師(そせいほうし)で三十六歌仙の一人です。俗名は良岑玄利(よしみねのはるとし)で、僧正遍昭(12番歌)の子です。

22番歌

吹くからに秋の草木のしをるれば
むべ山風をあらしといふらむ(文屋康秀)

【読み】ふくからにあきのくさきのしをるればむべやまかぜをあらしといふらむ
【訳】山から秋風が吹くとすぐに秋の草木がしおれてしまう。なるほど、だから山嵐をあらしと言うのだなあ。
【解説】吹くからに:吹くとすぐに。むべ:なるほど。山嵐:山から降りてくる風のこと。歌を作ったのは文屋康秀(ふんやのやすひで)で平安初期の歌人です。六歌仙の一人です。文屋朝康(37番歌)の父でもあります。もともと身分の低い役職の歌人です。

23番歌

月見ればちぢにものこそ悲しけれ
わが身ひとつの秋にはあらねど(大江千里)

【読み】つきみればちぢにものこそかなしけれわがみひとつのあきにはあらねど
【訳】月を見ると、色々な物事が悲しく思われる。私一人だけに来た秋ではないのだけれど。
【解説】ちぢに:色々に。”ものこそ悲しけれ”:物事が悲しい。作者は大江千里(おおえのちさと)。平安前期の歌人、貴族で、中古三十六歌仙の一人です。在原行平・業平の甥にあたります。

24番歌

このたびは幣も取りあへず手向山
紅葉の錦神のまにまに(菅家)

【読み】このたびはぬさもとりあへずたむけやまもみぢのにしきかみのまにまに
【訳】今回の旅は急なことでしたので幣(ぬさ)も用意することはできませんでした。手向山の紅葉を神のお心のままにお受け取りください。
【解説】このたびは:「この度」と「この旅」を掛けている。幣(ぬさ):色とりどりの木綿や紙を細かく切ったもの。手向山:奈良から京都にいたる中間の峠を指しているとも言われている。神のまにまに:神の御意のままに。歌をつくったのは菅原道真(すがわらのみちざね)で大宰府に左遷された人物でもあります。学問の神様としても有名です。

25番歌

名にし負はば逢坂山のさねかづら
人に知られで来るよしもがな(三条右大臣)

【読み】なにしおはばあふさかやまのさねかづらひとにしられでくるよしもがな
【訳】逢って寝るという名を持っているならば、逢坂山のさねかずらよ、それをたぐりよせるように、人に知られることなくあなたと遭う方法があれば良いのに。
【解説】名にし負はば:~という名前を持つ。逢坂山:京都と滋賀の境にある山。さねかづら:モクレン科のつる性の植物。しられで:知られないで。来る:縁語「繰る」と掛けている。歌をつくったのは三条右大臣で、藤原定方(ふじわらのさだかた)として知られています。平安時代の歌人で、藤原朝忠(44番歌)の父です。

26番歌

小倉山峰の紅葉葉心あらば
いまひとたびのみゆき待たなむ(貞信公)

【読み】をぐらやまみねのもみぢばこころあらばいまひとたびのみゆきまたなむ
【訳】小倉山の峰の紅葉よ、お前に人間の心があるのなら、もう一度天皇がお越しになるまで散らずに待っていて欲しい。
【解説】小倉山:京都市の嵯峨に位置する山。行幸(みゆき):天皇が訪れられること。歌をつくったのは貞信公(ていしんこう)で藤原忠平(ふじわらのただひら)として知られます。貞信公(ていしんこう)は藤原氏が栄える基盤をつくりました。

27番歌

みかの原わきて流るるいづみ川
いつ見きとてか恋しかるらむ(中納言兼輔)

【読み】みかのはらわきてなかがるるいづみがはいつみきとてかこひしかるらむ
【訳】みかの原から分けて湧き出てくる泉川ではないが、いったいいつ逢ったというので、こんなにあなたが恋しいのだろうか。
【解説】みかの原:現京都府相楽郡に位置しています。わきて:「分きて」と「湧きて」を掛けている。いづみ川:今の木津川。歌をつくったのは中納言兼輔で藤原兼輔(ふじわらのかねすけ)として知られる平安中期の歌人です。三十六歌仙の一人です。藤原定方(25番歌)の従兄弟で、紫式部(57番歌)の曾祖父にあたります。

28番歌

山里は冬ぞ寂しさまさりける
人目も草もかれぬと思へば源宗于朝臣)

【読み】やまざとはふゆぞさびしさまさりけるひとめもくさもかれぬとおもへば
【訳】山里は、冬の寂しさがより一層感じられる。人の訪れもなくなり、草木も枯れてしまうことを思うと。
【解説】山里は:「は」は他との区別を示す助詞で、都ではなく山里はという意味。人目:人の訪れ、人の気配。かれぬ:「離れ」と「枯れ」を掛けており、草が枯れるの二つの意味を兼ねている。歌をつくったのは源宗于朝臣(みなもとのむねゆきあそん)で平安時代前期から中期の歌人です。三十六歌仙の一人で、光孝天皇(15番歌)の孫にあたります。

29番歌

心あてに折らばや折らむ初霜の
置きまどはせる白菊の花凡河内躬恒)

【読み】こころあてにおらばやおらむはつしものおきまどはせるしらぎくのはな
【訳】あてずっぽうに、折るなら折ってみようか。初霜が降りて、見分けがつかなくなっているのだから、白菊の花と。
【解説】心あてに:あて推量に、あてずっぽうに。折らば:もし折るというならば折ってみようか。置きまどはせる:まぎらわしくする。歌をつくったのは凡河内躬恒(おおしこうちのみつね)で平安前期の歌人です。三十六歌仙の一人です。

30番歌

有明のつれなく見えし別れより
暁ばかり憂きものはなし壬生忠岑)

【読み】ありあけのつれなくみえしわかれよりあかつきばかりうきものはなし
【訳】有明の月が無情に見えたあの別れのその時から、夜明け前の暁ほど憂鬱でつらく感じるものはありません。
【解説】有明の:明け方まで空に残っている月。つれなく:無情に、冷淡だ。暁:夜明けまでの暗いときのこと。憂き:つらい、憂鬱な。歌をつくったのは壬生忠岑(みぶのただみね)で平安前期の歌人です。三十六歌仙の一人で、壬生忠見(41番歌)の父でもあります。

31番歌

朝ぼらけ有明の月と見るまでに
吉野の里に降れる白雪(坂上是則)

【読み】あさぼらけありあけのつきとみるまでによしののさとにふれるしらゆき
【訳】夜がやんわり開け始めたころ、有明の月の光かと思われるほどに明るく、吉野の里に降る雪が降っていることだよ。
【解説】朝ぼらけ:やんわりと夜が明けるころ。有明の月:夜明けの空に明るく残ってる月。みるまでに:思うばかりにという意味。吉野の里:奈良県吉野郡。歌をつくったのは坂上是則(さかのうえのこれのり)で平安前期から中期にかけての歌人です。三十六歌仙の一人です。

32番歌

山川に風のかけたるしがらみは
流れもあへぬ紅葉なりけり(春道列樹)

【読み】やまがはにかぜのかけたるしがらみはながれもあへぬもみぢなりけり
【訳】山中を流れる川に風がかけた流れ止めのしがらみがありますが、それは流れようとしても流れることの出来ない紅葉の集まりでした。
【解説】山川:山の中にある川。柵(しがらみ):川の中に杭を打ち並べ竹を横に張ったものです。流れもあへぬ:流れようとしても流れきれない。歌をつくったのは春道列樹(はるみちのつらき)で平安前期の歌人です。

33番歌

ひさかたの光のどけき春の日に
しづ心なく花の散るらむ(紀友則)

【読み】ひさかたのひかりのどけきはるのひにしづごころなくはなのちるらむ
【訳】こんなに日の光がのどかな春の日に、どうして落ち着きがなく桜の花は散るのだろうか。
【解説】ひさかたの:日、月、空にかかる枕詞。光のどけき:陽の光が穏やかな意味。しづ心なく:落ち着いた心。散るらむ:どうして散るのだろうか。歌をつくったのは紀友則(きのとものり)で平安前期の歌人です。三十六歌仙の一人で紀貫之の従兄弟でもあります。

34番歌

誰をかも知る人にせむ高砂の
松も昔の友ならなくに(藤原興風)

【読み】たれをかもしるひとにせむたかさごのまつもむかしのともならなくに
【訳】私はいったい誰を友人にすれば良いのだろうか。あの高砂の松も昔からの友ではないのに。
【解説】誰をかも:誰をいったい~だろうか。知る人:友人。高砂の松:兵庫県高砂市の浜辺で松の名所です。友ならなくに:友ではないのに。歌をつくったのは藤原興風(ふじわらのおきかぜ)で平安時代の歌人です。三十六歌仙の一人です。

35番歌

人はいさ心も知らずふるさとは
花ぞ昔の香に匂ひける(紀貫之)

【読み】ひとはいさこころもしらずふるさとははなぞむかしのかににほひける
【訳】あなたは人の心はわかりませんが、昔なじみこの里では梅の花の香りだけはかつてと変わっておりません。
【解説】人は:ふるさととの対比として宿の主人を指している。いさ:さあどうであろうか。歌をつくったのは紀貫之(きのつらゆき)で平安前期の歌人です。三十六歌仙の一人で紀友則(33番歌)の従兄弟にあたります。紀貫之は古今和歌集の中心的な人物で、土佐日記の作者でもあります。

36番歌

夏の夜はまだ宵ながら明けぬるを
雲のいづこに月宿るらむ(清原深養父)

【読み】なつのよはまだよひながらあけぬるをくものいづこにつきやどるらむ
【訳】夏の夜は短いので、まだ宵と思っているうちに明けてしまった。月はあの雲のどこかに宿るのだろうか。
【解説】宵ながら:宵のまま。明けぬるを:明けたのだが。月宿るらむ:どの雲に月は宿るのだろうか。歌をつくっているのは清原深養父(きよはらのふかやぶ)で平安中期の歌人です。三十六歌仙の一人です。清原元輔(42番歌)の祖父、清少納言(62番歌)の曾祖父にあたります。

37番歌

白露に風の吹きしく秋の野は
つらぬきとめぬ玉ぞ散りける(文屋朝康)

【読み】しらつゆにかぜのふきしくあきののはつらぬきとめぬたまぞちりける
【訳】白露に風がしきりに吹きつける秋の野は、まるで紐でつなぎとめていない玉が散り乱れて吹き飛んでいるようだ。
【解説】白露:草の上に乗って光っている露のこと。吹きしく:しきりに吹くこと。つらぬきとめぬ:ひもを通してつなぎとめていない。玉:真珠。歌をつくったのは文屋朝康(ふんやのあさやす)で平安前期の歌人です。文屋康秀(22番歌)の子にあたります。

38番歌

忘らるる身をば思はず誓ひてし
人の命の惜しくもあるかな(右近)

【読み】わすらるるみをばおもはずちかひてしひとのいのちのをしくもあるかな
【訳】あなたに忘れられる私のつらさは何とも思いません。ただ、いつまでも愛すると神に誓ったあなたの命が神罰により失われてしまうのが、惜しく思われてなりません。
【解説】忘らるる:あなたに忘れ去られる。身をば思はず:自分自身のことは少しも考えない。ちかひてし:神に誓った。人:貴方。歌をつくったのは右近(うこん)で平安中期の女流歌人です。恋多き女性でした。

39番歌

浅茅生の小野の篠原忍ぶれど
あまりてなどか人の恋しき(参議等)

【読み】あさぢふのをののしのはらしのぶれどあまりてなどかひとのこひしき
【訳】茅(ちがや)の生えた小野の篠原の「しの」のようにあなたへの思いを忍びこらえているけれど、忍びきれない。どうしてあの人が恋しいのだろう。
【解説】浅茅生:竹の低い茅萱が生えている場所。小野:野原のこと。篠原:篠の生えている原。忍ぶれど:我慢すること。あまりて:忍ぶにあまって。などか:どうしてか。人:貴方。歌をつくったのは参議等(さんぎひとし)で名は源等(みなもとのひとし)といいます。平安前期から中期にかけての歌人で嵯峨天皇のひ孫にあたります。

40番歌

忍ぶれど色に出でにけりわが恋は
ものや思ふと人の問ふまで(平兼盛)

【読み】しのぶれどいろにいでにけりわがこひはものやおもふとひとのとふまで
【訳】我慢していたけれど、とうとうその素振りに出てしまったようだ。「恋しているのですかと人が尋ねる程に。」
【解説】色:顔色。ものや思ふと:恋について想いわずらうという意味。歌をつくったのは平兼盛(たいらのかねもり)で平安中期の歌人です。三十六歌仙の一人です。

41番歌

恋すてふわが名はまだき立ちにけり
人知れずこそ思ひそめしか壬生忠見)

【読み】こひすてふわがなはまだきたちにけりひとしれずこそおもひそめしか
【訳】私が恋をしているという噂は、早くも広まってしまった。誰にも知られないようにひそかに思いはじめたばかりなのに。
【解説】恋すてふ:恋をしているという。わが名:わたしの噂。まだき:早くも。立ちにけり:広まってしまった。人知れずこそ:他人に知られないように。思ひそめしか:思い始めたのばかりなのに。歌をつくったのは壬生忠見(みぶのただみ)で平安中期の歌人です。三十六歌仙の一人で壬生忠岑(30番歌)の子です。

42番歌

契りきなかたみに袖をしぼりつつ
末の松山波越さじとは(清原元輔)

【読み】ちぎりきなかたみにそでをしぼりつつすゑのまつやまなみこさじとは
【訳】約束したのにね。お互いに涙で濡れた着物の袖を何度も絞りながら、あの末の松山を波が決して越さないように、二人の心も末永く変わるまいと。
【解説】契りきな:約束したものでしたね。かたみに:お互いに。袖を絞りつつ:泣いて濡れた袖を絞りながら。末の松山:宮城県の海岸に位置する山。浪こさじとは:浪が超えないように絶対に変わりますまい。歌をつくったのは清原元輔(きよはらもとやす)で清原元輔は平安中期の歌人です。三十六歌仙の一人です。清原深養父(36番歌)の孫で、清少納言(62番歌)の父です。

43番歌

逢ひ見てののちの心にくらぶれば
昔はものを思はざりけり(権中納言敦忠)

【読み】あひみてののちのこころにくらぶればむかしはものをおもはざりけり
【訳】あなたと逢って愛しあった後の心に比べれば、それ以前の愛しい想いなど無かったようなものだなあ。
【解説】逢ひ見て:逢って契りを結んで。のちの心:逢瀬を遂げた後の愛おしくて切ない気持ち。昔:逢う以前。歌をつくったのは権中納言敦忠で藤原敦忠(ふじわらのあつただ)としても有名です。平安中期の歌人で、三十六歌仙の一人でもあります。

44番歌

逢ふことの絶えてしなくはなかなかに
人をも身をも恨みざらまし(中納言朝忠)

【読み】あふことのたえてしなくはなかなかにひとをもみをもうらみざらまし
【訳】もしも逢うことが絶対に無いのなら、かえってあの人のつれなさも我が運命を恨まなくて済むのに。
【解説】逢ふことの:逢って契りを交わすこと。絶えて:まったく。なかなかに:かえって。歌をつくったのは中納言朝忠で藤原朝忠(ふじわらのあさただ)として知られています。平安中期の歌人で三十六歌仙の一人です。三条右大臣定方(25番歌)の五男です。

45番歌

あはれともいふべき人は思ほえで
身のいたずらになりぬべきかな(謙徳公)

【読み】あはれともいふべきひとはおもほえでみのいたづらになりぬべきかな
【訳】私のことを「かわいそうだ」と言ってくれそうな人も思い当たらないまま、私はきっとこのままむなしく死んでしまうのだなあ。
【解説】あはれとも:かわいそうに。いふべき人:言ってくれそうな人。思ほえで:思われない。いたづらに:はかなく死ぬ。なりぬべき:なってしまうでしょう。歌をつくったのは謙徳公(けんとくこう)で藤原伊尹(ふじわらのこれただ)として知られています。平安中期の公卿です。藤原義孝(50番歌)の父で、藤原忠平(26番歌)の孫にあたります。

46番歌

由良の門を渡る舟人かぢを絶え
ゆくへも知らぬ恋のみちかな曾禰好忠)

【読み】ゆらのとをわたるふなびとかぢをたえゆくへもしらぬこひのみちかな
【訳】由良川の流れが速い海峡を漕ぎ渡る船人が、櫂をなくして行方もしらず漂うように、どうなるかわからない恋の道であることよ。
【解説】由良の門:京都府宮津市由良で流れる由良川の河口。かぢ:櫓(ろ)や櫂(かい)の総称。ゆくへも知らぬ:行く末も分からない。歌をつくったのは曾禰好忠(そねのよしただ)で平安中期の歌人です。中古三十六歌仙の一人です。

47番歌

八重むぐら茂れる宿の寂しきに
人こそ見えね秋は来にけり(恵慶法師)

【読み】やへむぐらしげれるやどのさびしきにひとこそみえねあきはきにけり
【訳】幾重にもつるなどの雑草の生い茂っているこの寂しい宿に、誰も人は訪ねて来ないが秋はやってくるのだなあ。
【解説】八重むぐら:幾重にもつるなどが茂っている状態。寂しきに:寂しいところに。人こそ見えね:人は見あたらないけれども。歌をつくったのは恵慶法師(えぎょうほうし)で平安中期の歌人です。中古三十六歌仙の一人です。

48番歌

風をいたみ岩打つ波のおのれのみ
くだけてものを思ふころかな(源重之)

【読み】かぜをいたみいはうつなみのおのれのみくだけてものをおもふころかな
【訳】風が激しいので、岩に打ち寄せる波が自分だけ砕けて散るように、あの人の為に私の心だけが砕けるぐらい思い悩むこの頃である。
【解説】風をいたみ:風が強いために。おのれのみ:自分だけ。くだけて:「岩にぶつかってくだける」と「思いがくだける」の意味を重ねている。ころかな:この頃だなあ。歌をつくっているのは源重之(みなもとのしげゆき)で平安中期の歌人です。三十六歌仙の一人で清和天皇の曾孫にあたります。

49番歌

御垣守衛士のたく火の夜は燃え
昼は消えつつものをこそ思へ(大中臣能宣朝臣)

【読み】みかきもりゑじのたくひのよるはもえひるはきえつつものをこそおもへ
【訳】宮中の御門を守る衛士の焚く火が夜は燃え、昼は消えているように、私も夜は恋で心が燃え、昼は心の火も消え入るばかりに恋に悩んでいるのです。
【解説】御垣守:宮中の御門を警護する者。衛士:諸国の軍団から毎年交代で京都へ招集され、衛門府に配属された兵士。たく火:焚いている火。物をこそ思へ:物を思う。歌をつくったのは大中臣能宣朝臣(おおなかとみのよしのぶ)で平安中期の歌人です。三十六歌仙の一人です。伊勢大輔(61番歌)の祖父にあたります。

50番歌

君がため惜しからざりし命さへ
長くもがなと思ひけるかな(藤原義孝)

【読み】きみがためおしからざりしいのちさへながくもがなとおもひけるかな
【訳】あなたに逢う為ならば捨てても惜しくないと思っていた命でさえも、お逢いできた今となってはできるだけ長くありたいと思うようになりました。
【解説】君がため:あなたに逢う為。長くもがな:長くあってほしい。歌をつくったのは藤原義孝(ふじわらのよしたか)で中古三十六歌仙の一人です。藤原伊尹(45番歌)の三男であり21歳の若さでこの世を去っています。

51番歌

かくとだにえやは伊吹のさしも草
さしも知らじな燃ゆる思ひを(藤原実方朝臣)

【読み】かくとだにえやはいぶきのさしもぐささしもしらじなもゆるおもひを
【訳】こんなにも私があなたを思っていることだけでも、口に出して言うことができるでしょうか。いや、言えません。ましてや伊吹山のさしも草のように燃える様な思いを、これほどとはご存じないでしょう。
【解説】かくとだに:こんなにあなたを想っていても。えやはいぶきの:「えやはいふ」の「言うことができようか」というものと伊吹山の「いふ」を掛けている。さしも:これほども。知らじな:知るまいな。もゆる思ひを:燃えるような思いを。歌をつくったのは藤原実方朝臣(ふじわらのさねかたあそん)で平安中期の歌人です。中古三十六歌仙の一人です。藤原忠平(26番歌)のひ孫であり、清少納言の恋人であったともいわれています。。

52番歌

明けぬれば暮るるものとは知りながら
なほ恨めしき朝ぼらけかな(藤原道信朝臣)

【読み】あけぬればくるるものとはしりながらなほうらめしきあさぼらけかな
【訳】夜が明けたらまた日は暮れて夜になり、また逢う事が出来るとはわかっていますが、あなたと別れなければならないので恨めしい夜明けです。
【解説】明けぬれば:夜が明けたら。朝ぼらけ:夜がやんわり明けはじめたとき。歌をつくったのは藤原道信朝臣で平安中期の歌人です。中古三十六歌仙の一人で23歳の若さで亡くなりました。

53番歌

嘆きつつひとり寝る夜の明くる間は
いかに久しきものとかは知る(右大将道綱母)

【読み】なげきつつひとりぬるよのあくるまはいかにひさしきものとかはしる
【訳】あなたが居ないのを嘆きながら一人で寝ている夜が明けるまでの時間がどれだけ長いものか、あなたはご存知でしょうか。ご存じでないでしょうね。
【解説】嘆きつつ:あなたがおいでにならないのを嘆きながらため息をつく様子を表しています。ぬる:寝る。明くるまは:夜の明けるまでの間は。歌をつくったのは右大将道綱母(うだいしょうみちつなのはは)で藤原道綱母(ふじわらのみちつなのはは)として知られています。平安中期の歌人で蜻蛉日記の作者でもあります。藤原道綱を産んでします。

54番歌

忘れじのゆく末まではかたければ
今日を限りの命ともがな儀同三司母)

【読み】わすれじのゆくすゑまではかたければけふをかぎりのいのちともがな
【訳】あなたは「決して忘れない」とおっしゃいますが、いつまでも気持ちが変わらず思ってくださるなどありえないでしょうから、お逢いできた今日を最後とする私の命であってほしいです。
【解説】忘れじ:忘れまい。ゆく末:将来。かたければ:難しいと思うので。けふを限りの:今日限りの。命ともがな:命となればよいなあ。歌をつくったのは儀同三司母(ぎどうさんしのはは)で高階貴子(たかしなのきし/たかこ)です。平安時代の女流歌人で、女房三十六歌仙の一人です。

55番歌

滝の音は絶えて久しくなりぬれど
名こそ流れてなほ聞こえけれ(大納言公任)

【読み】たきのおとはたえてひさしくなりぬれどなこそながれてなほきこえけれ
【訳】滝の流れる音は聞こえなくなってからかなりの年月が経ってしまったけれど、その名声は今でも人々から流れ伝わって聞こえてくる。
【解説】滝の音は:滝の流れ落ちる音。たえて:水がなくなり。名こそ流れて”:評判が流れ伝わって。聞こえけれ:聞こえている。歌をつくったのは大納言公任(だいなごんきんとう)で藤原公任(ふじわらのきんとう)として知られています。平安中期の歌人で藤原定頼(64番歌)の父でもあります。

56番歌

あらざらむこの世のほかの思ひ出に
いまひとたびの逢ふこともがな(和泉式部)

【読み】あらざらむこのよのほかのおもひでにいまひとたびのあふこともがな
【訳】私はもうすぐ死んでしまうでしょうが、あの世へ持っていく思い出として、もう一度あなたにお逢いしたいものです。
【解説】あらざらむ:生きていないだろう。この世のほか:現世の外の世界、あの世。いまひとたびの:もう一度。あふこともがな:逢いたいものです。歌をつくったのは和泉式部(いずみしきぶ)で平安中期の女流歌人です。中古三十六歌仙、女房三十六歌仙の一人です。小式部内侍(60番歌)の母でもあります。

57番歌

めぐり逢ひて見しやそれとも分かぬ間に
雲隠れにし夜半の月影(紫式部)

【読み】めぐりあひてみしやそれともわかぬまにくもがくれにしよはのつきかげ
【訳】ようやく久しぶりにめぐり逢ったのに、見定めのつかないうちに雲間に隠れてしまった夜半の月のように、あなたはあわただしく姿を隠してしまわれた。
【解説】めぐり逢ひて:めぐり逢って。「月」と「めぐる」の縁語。分かぬ:判別つかない。作者は紫式部(むらさきしきぶ)で平安中期の女流歌人です。中古三十六歌仙、女房三十六歌仙の一人です。紫式部(むらさきしきぶ)は源氏物語の作者としても有名で、大弐三位(57番歌)の母でもあります。

58番歌

有馬山猪名の篠原風吹けば
いでそよ人を忘れやはする(大弐三位)

【読み】ありまやまゐなのささはらかぜふけばいでそよひとをわすれやはする
【訳】有馬山に近い猪名の篠原に生える笹の葉が風にあたってそよそよと音を立ててゆらぎます。そうよ、そのことですよ、私はあなたのことをどうして忘れましょうか。決して忘れません。
【解説】有馬山:神戸市兵庫区有馬町付近。猪名:有馬山付近の地名。いでそよ:そうよ。人を:貴方を。忘れやはする:忘れようか。歌をつくったのは大弐三位(だいにのさんみ)で平安中期の女流歌人です。女房三十六歌仙の一人で源氏物語の作者である紫式部(57番歌)の娘です。

59番歌

やすらはで寝なましものをさ夜更けて
かたぶくまでの月を見しかな(赤染衛門)

【読み】やすらはでねなましものをさよふけてかたぶくまでのつきをみしかな
【訳】ぐずぐずせずに寝てしまえばよかったのに、あなたを待っている間にとうとう夜明けが来て、沈んでいる月を見ておりました。
【解説】やすらはで:ためらわずに。寝なましものを:寝てしまえばよかっただろうに。歌をつくったのは赤染衛門(あかぞめえもん)で平安中期の女流歌人です。中古三十六歌仙・女房三十六歌仙の一人です。

60番歌

大江山いく野の道の遠ければ
まだふみも見ず天の橋立(小式部内侍)

【読み】おほえやまいくののみちのとほければまだふみもみずあまのはしだて
【訳】大江山や生野を超えながら丹後を目指す道のりは遠すぎて、まだ天橋立の地を踏んだことはありませんし、丹後の母からの手紙もまだ届いておりません。
【解説】大江山:山城国と丹波国の間に位置する山。いく野:丹波国天田郡に位置する。まだふみも見ず:「天橋立の地へまだ到達できていない」という意味と、「手紙がまだ届いていない」という二つの意味が掛かっています。天橋立:丹後国に位置し、日本三景の一つとしても有名です。歌をつくったのは小式部内侍(こしきぶのないし)で平安時代の女流歌人です。女房三十六歌仙の一人です。

61番歌

いにしへの奈良の都の八重桜
けふ九重に匂ひぬるかな(伊勢大輔)

【読み】いにしへのならのみやこのやへざくらけふここのへににほひぬるかな
【訳】昔栄えた奈良の都の八重桜が、今日は九重の宮中でひときわ美しく咲き誇っております。
【解説】いにしへの:昔の。けふ:「いにしへ」と対照的になっており「今日」という意味。九重:皇居。にほひ:「にほふ」は香りと色について二通りの意味がある。歌をつくったのは伊勢大輔(いせのたいふ)で平安中期の女流歌人です。中古三十六歌仙・女房三十六歌仙の一人で大中臣能宣(49番歌)の孫にあたります。

62番歌

夜をこめて鳥のそら音ははかるとも
よに逢坂の関は許さじ(清少納言)

【読み】よをこめてとりのそらねははかるともよにあふさかのせきはゆるさじ
【訳】夜が明けない間に、鳥の鳴き声を真似をして関守を騙して通ろうとしても、函谷官の関守ならまだしも、逢坂の関を通る事は決して許しませんよ。
【解説】夜をこめて:夜があけないうちに。鳥のそらね:鳥の鳴きまね。よに:決して。逢坂の関:近江国と山城国との間に位置する逢坂山にある関。男女の逢瀬に掛けられている。歌をつくったのは清少納言(せいしょうなごん)。平安時代で女流作家・歌人です。枕草子の作者としても有名です。清原元輔(42番歌)の娘で、清原深養父(36番歌)のひ孫でもあります。

63番歌

今はただ思ひ絶えなむとばかりを
人づてならでいふよしもがな(左京大夫道雅)

【読み】いまはただおもひたえなむとばかりをひとづてならでいふよしもがな
【訳】今となっては、あなたに対する想いをもう諦めます、という一言だけを、せめて人づてではなく、直接逢って言う方法があって欲しいものです。
【解説】今はただ:今となってはもう。思ひ絶えなむ:あきらめてしまおう。人づてならで:直接。歌をつくったのは左京大夫道雅で藤原道雅(ふじわらのみちまさ)として知られる平安中期の歌人です。

64番歌

朝ぼらけ宇治の川霧たえだえに
あらはれわたる瀬々の網代木(権中納言定頼)

【読み】あさぼらけうぢのかはぎりたえだえにあらはれわたるせぜのあじろぎ
【訳】夜が徐々に明けてくるころ、宇治川の川霧もところどころ晴れてきて、その間から瀬々に掛けられた網代木がだんだん現れてきました。
【解説】朝ぼらけ:夜明け。宇治の川霧:京都の南部に位置する宇治川に立ち込める朝霧。たえだえに:とぎれとぎれに。あらはれわたる:しだいに現れること。瀬々:川の浅いところ。網代木(あじろぎ):冬の魚を取るための仕掛けである網代(あじろ)の杭木の部分。歌をつくったのは権中納言定頼(ごんちゅうなごんさだより)で藤原定頼(ふじわらのさだより)として知られる平安中期の歌人です。中古三十六歌仙の一人で、大納言公任(55番歌)の子です。

65番歌

恨みわび干さぬ袖だにあるものを
恋に朽ちなむ名こそ惜しけれ(相模)

【読み】うらみわびほさぬそでだにあるものをこひにくちなむなこそをしけれ
【訳】つれない人を恨み嘆いて、泣き続けて涙が乾くひまもなく、着物の袖さへ朽ちてしまいそうなのに、この恋のせいで悪い噂を立てられ、朽ちていくであろう私の評判も残念です。
【解説】恨みわび:気力がもたないほど恨む。ほさぬ袖だに:涙を乾かしきれない袖でさえ。名こそ惜しけれ:私の評判が残念だ。歌をつくったのは相模(さがみ)で平安後期の女流歌人です。中古三十六歌仙・房三十六歌仙の一人です。相模(さがみ)は恋多き女性で、藤原定頼(64番歌)の恋人でもありました。

66番歌

もろともにあはれと思え山桜
花よりほかに知る人もなし(大僧正行尊)

【読み】もろともにあはれとおもへやまざくらはなよりほかにしるひともなし
【訳】私が思うように、お前も私のことをいとおしく思ってくれ、山桜よ。このような山奥では、桜の花ではない他の知り合いも居ないのだ。
【解説】もろともに:同時に。あはれ:いとおしい。歌をつくったのは大僧正行尊(だいそうじょうぎょうそん)で平安後期の歌人です。天台宗の僧侶で、三条天皇(68番歌)の曾孫にあたります。

67番歌

春の夜の夢ばかりなる手枕に
かひなく立たむ名こそをしけれ(周防内侍)

【読み】はるのよのゆめばかりなるたまくらにかひなくたたむなこそをしけれ
【訳】春の夜の儚い夢のようにはかない戯れの手枕のせいで、つまらなく立つ浮き名があれば口惜しいではあいませんか。
【解説】春の夜の:短くすぐ開けてしまいそうではかないものという意味。夢ばかりなる:夢のようにはかない。手枕に:腕を枕にしているという意味で、男女が一夜を共にした相手に行います。かひなく:何もない。名:評判。惜しけれ:惜しい。歌をつくったのは周防内侍(すおうのないし)で平仲子(たいらのちゅうし)として知られるています。平安後期の歌人で、女房三十六歌仙の一人です。

68番歌

心にもあらで憂き世に長らへば
恋しかるべき夜半の月かな(三条院)

【読み】こころにもあらでうきよにながらへばこひしかるべきよはのつきかな
【訳】私の気持ちに反対してつらいこの世に生き続けるのであるならば、今宵の月はきっと恋しく思い出されるに違いない。
【解説】心にあらで:自分の本心とかではなく。憂き世:つらい世。ながらえば:生き続けるならば恋しかるべき:きっと恋しいに違いない。歌をつくったのは三条院で第六十七代天皇です。冷泉天皇の第二皇子でこの歌を詠んだ一ヶ月後に譲位しました。

69番歌

嵐吹く三室の山のもみぢ葉は
竜田の川の錦なりけり(能因法師)

【読み】あらしふくみむろのやまのもみぢばはたつたのかはのにしきなりけり
【訳】激しい山風が吹き散らした三室山(みむろやま)の紅葉は、やがて竜田川に流れ入り、水面が錦のように美しいことよ。
【解説】三室の山:大和国生駒郡に位置する神南山。竜田の川:三室山(みむろやま)を流れる川。歌をつくったのは能因法師(のういんほうし)で俗名は橘永愷(たちばなのながやす)です。平安中期の歌人・僧侶で、中古三十六歌仙の一人です。歌枕に関心があり、「能因歌枕」を著しました。

70番歌

寂しさに宿を立ち出でてながむれば
いづくも同じ秋の夕暮良暹法師)

【読み】さびしさにやどをたちいでてながむればいづくもおなじあきのゆふぐれ
【訳】あまりの寂しさに耐えかねて、庵を出てあたりを見渡してみると、どこも同じように寂しい、秋の夕暮れが広がっていた。
【解説】さびしさに:さびしさの為に。宿:庵。家のこと。立ち出でて:出て。歌をつくったのは良暹法師(りょうぜんほうし)で平安中期の歌人・僧です。

71番歌

夕されば門田の稲葉おとづれて
蘆のまろ屋に秋風ぞ吹く(大納言経信)

【読み】ゆふさればかどたのいなばおとづれてあしのまろやにあきかぜぞふく
【訳】夕方になると家の門前にある田の稲葉をそよそよと音をさせて、蘆葺(あしび)きの小屋に秋風が吹き渡ってきた。
【解説】夕されば:夕方になると。門田:門の真ん中にある田。おとづれて:「音をたてる」と「訪ねてくる」こと。蘆のまろや:粗末な小屋。歌をつくったのは大納言経信(だいなごんつねのぶ)で源経信(みなもとのつねのぶ)として知られています。平安後期の歌人・公家で、源俊頼(74番歌)の父、俊恵法師(85番歌)の祖父にあたります。

72番歌

音に聞く高師の浜のあだ波は
かけじや袖のぬれもこそすれ祐子内親王家紀伊)

【読み】おとにきくたかしのはまのあだなみはかけじやそでのぬれもこそすれ
【訳】噂に名高い高師の浜に、むなしく返ってくる波のように浮気者で有名なあなたのお言葉は心にかけないでしょう。うっかり心にかけて、涙で袖を濡らすことになってはいけませんから。
【解説】音にきく:噂に高い。高師の浜:堺市浜寺の海浜で「音にたかし」と掛けている。あだ波:むなしく返ってくる波。かけじや:かけまい。ぬれもこそすれ:ぬれもしようものなら。歌をつくったのは祐子内親王家紀伊(ゆうしないしんのうけのきい)で平安時代の女流歌人です。女房三十六歌仙の一人です。

73番歌

高砂の尾の上の桜咲きにけり
外山のかすみ立たずもあらなむ(権中納言匡房)

【読み】たかさごのをのへのさくらさきにけりとやまのかすみたたずもあらなむ
【訳】遥か遠くの高い山の頂の桜が美しく咲いているなあ。里に近い山の霞はどうか立たないで欲しい。美しい桜が薄れてしまわないように。
【解説】高砂(たかさご):高い山を指す。尾上:山の頂。さきにけり:咲いているなあ。外山:人里に近い山。あらなむ:あってほしい。歌をつくったのは中納言匡房(ごんちゅうなごんまさふさ)で大江匡房(おおえのまさふさ)として知られています。平安後期の歌人・公卿・儒学者で、幼少から文才に優れていました。

74番歌

憂かりける人を初瀬の山おろしよ
激しかれとは祈らぬものを(源俊頼朝臣)

【読み】うかりけるひとをはつせのやまおろしよはげしかれとはいのらぬものを
【訳】冷淡でつれない人が、私を想ってくれるようにしてくださいと初瀬の観音に祈ったけれど、まさかの初瀬の山おろしよ、あの人のつれなさがお前のように「より激しくなるように」とは祈らなかったのに。
【解説】憂かりける:つれない。人を:恋人を。初瀬:奈良県磯城郡初瀬に位置し、恋のご利益がある。山おろし:山から吹いてくる激しい風。激しかれ:もっと激しくなれ。祈らぬものを:祈らなかったのに。歌をつくったのは源俊頼朝臣(みなもとのとしよりあそん)で平安後期の歌人・官人です。大納言経信(71番歌)の三男で、俊恵法師(85番歌)の父にあたります。その作風は藤原定家も絶賛しており、後世にまで伝えられていきました。

75番歌

契りおきしさせもが露を命にて
あはれ今年の秋もいぬめり(藤原基俊)

【読み】ちぎりおきしさせもがつゆをいのちにてあはれことしのあきもいぬめり
【訳】お約束してくださいました、恵みの露のようなお言葉を唯一の頼みとしていましたが、ああ、今年の秋もむなしく過ぎていくようです。
【解説】契りおきし:約束しておく。させもが露:恵みの露のようなお言葉。あはれ:ああ、感動詞。いぬめり:過ぎてしまっただろう。歌をつくったのは藤原基俊(ふじわらのもととし)で平安後期の歌人、公家です。

76番歌

わたの原漕ぎ出でて見ればひさかたの
雲居にまがふ沖つ白波法性寺入道前関白太政大臣)

【読み】わたのはらこぎいでてみればひさかたのくもゐにまがふおきつしらなみ
【訳】大海原に船で漕ぎ出してみると、雲と見間違うばかりの沖の白波が立っていた。
【解説】わたの原:広々とした大海原。ひさかたの:「雲居」に掛かる枕詞。雲居:雲。まがふ:見間違える。沖つ白波:沖の白波。歌をつくったのは法性寺入道前関白太政大臣(ほっしょうじにゅうどうさきのかんぱくだいじょうだいじん)で藤原忠通(ふじわらのただみち)として知られています。平安後期の公卿です。

77番歌

瀬をはやみ岩にせかるる滝川の
われても末に逢はむとぞ思ふ(崇徳院)
【読み】せをはやみいわにせかるるたきがはのわれてもすゑにあはむとぞおもふ
【訳】川瀬の流れが早いので、岩にせき止められた急流が二つにわかれて、また一つになるように、あなたと今は別れてもいつかはきっと逢おうと思っている。
【解説】瀬をはやみ:川瀬の流れが早いので。せかるる:せきとめられる。滝川:滝のように勢いよく流れる川。われても:「別れて」と「分かれて」の二つの意味が掛かっている。歌をつくったのは崇徳院(すとくいん)で、鳥羽上皇の第一皇子であり、5歳で天皇の位を譲り受けました。

78番歌

淡路島通ふ千鳥の鳴く声に
いく夜寝覚めぬ須磨の関守源兼昌)

【読み】あはぢしまかよふちどりのなくこゑにいくよねざめぬすまのせきもり
【訳】淡路島から飛び渡ってくる千鳥の鳴く声に、いったい幾夜目を覚ましたことだろう、須磨の関守は。
【解説】淡路島:兵庫県須磨の西南に位置する島。かよふ:飛んでくる。ねざめぬ:目を覚まされたことだろう。須磨の関守:摂津国と播磨国の境にあった関。歌をつくったのは源兼昌(みなもとのかねまさ)で平安中期から後期にかけて歌を詠んでいた歌人です。

79番歌

秋風にたなびく雲のたえ間より
漏れ出づる月の影のさやけさ左京大夫顕輔)

【読み】あきかぜにたなびくくものたえまよりもれいづるつきのかげのさやけさ
【訳】秋風に吹かれてなびいている雲の切れ間からもれ出てくる月の光の、澄み切った明るさ、美しさであるといったらどうだろう。
【解説】秋風に:秋風に吹かれて。たなびく:横に長く引く。絶え間:途切れたその間。もれ出づる:もれ出てくる。月の影:月の光。さやけさ:澄みわたって明らかになっていること。歌をつくったのは左京大夫顕輔(さきょうのだいぶあきすけ)で藤原顕輔(ふじわらのあきすけ)としても知られています。平安後期の歌人・公家です。詞花集の撰者で、藤原清輔(84番歌)の父です。

80番歌

ながからむ心も知らず黒髪の
乱れてけさはものをこそ思へ待賢門院堀河)

【読み】ながからむこころもしらずくろかみのみだれてけさはものをこそおもへ
【訳】あなたの愛情が長続きするかどうかわかりませんが、寝乱れたこの黒髪のように心も乱れていた今朝は、物思いにふけっております。
【解説】”からむ心も知らず:末長く変わらない心か知りませんが。黒髪の:黒髪のごとく。乱れて:「心が乱れ」と「黒髪が乱れ」を意味する。けさは:恋人とお別れする今朝。歌をつくったのは待賢門院堀河(たいけんもんいんのほりかわ)で平安後期の歌人です。女房三十六歌仙・中古六歌仙の一人です。

81番歌

ほととぎす鳴きつる方をながむれば
ただ有明の月ぞ残れる後徳大寺左大臣)

【読み】ほととぎすなきつるかたをながむればただありあけのつきぞのこれる
【訳】ほととぎすが鳴いた方を眺めると、ほととぎすの姿は見えずにただ明け方の月が空に残っているだけだった。
【解説】鳴きつる方:鳴いた方角。有明の月:夜が明ける頃に残っている月。歌をつくったのは後徳大寺左大臣(ごとくだいじのさだいじん)で藤原実定(ふじわらのさねさだ)として知られています。平安時代末期から鎌倉時代初期にかけて活躍した歌人です。藤原俊成(83番歌)の甥で、藤原定家(97番歌)の従兄弟にあたります。

82番歌

思ひわびさても命はあるものを
憂きに堪へぬは涙なりけり(道因法師)

【読み】おもひわびさてもいのちはあるものをうきにたへぬはなみだなりけり
【訳】つれない人を思い嘆きながら、悲しんでいてもやはり命はまだあるというのに、つらさに耐えきれずに流れていくのは涙であったよ。
【解説】思ひわび:思い嘆いて。さても:そうであっても。あるものを:あるのに。涙なりけり:涙であったよ。歌をつくったのは道因法師(どういんほうし)で藤原敦頼(ふじわらのあつより)として知られています。平安後期の歌人です。

83番歌

世の中よ道こそなけれ思ひ入る
山の奥にも鹿ぞ鳴くなる皇太后宮大夫俊成)

【読み】よのなかよみちこそなけれおもひいるやまのおくにもしかぞなくなる
【訳】世の中には悲しみを逃れる道は無いものなのだ。深く思いこみながら入ったこの山奥でさえ、鹿が悲しげに鳴いているのが聞こえてくる。
【解説】道こそなけれ:「手段」、「方法」などがない。思ひ入る:思いこんで入る。山の奥にも:俗世から出た場所。歌をつくったのは皇太后宮大夫俊成(こうたいごうぐうのだいぶしゅんぜい)で藤原俊成(ふじわらのとしなり)として知られていました。平安時代後期から鎌倉時代初期にかけて活躍した歌人・公家で、藤原定家(97番歌)の父です。

84番歌

長らへばまたこのごろやしのばれむ
憂しと見し世ぞ今は恋しき(藤原清輔朝臣)

【読み】ながらへばまたこのごろやしのばれむうしとみしよぞいまはこひしき
【訳】もし長く生きたのならば、つらいことが多いこの頃も懐かしく思い出されてくるのだろうか。つらかった昔の日々も今では恋しく思い出されるのだから。
【解説】長らへば:もし長く生きたならば。しのばれむ:なつかしく思い出されるであろう。憂しと見し世:つらいと思っていた昔。歌をつくったのは藤原清輔朝臣(ふじわらのきよすけあそん)で平安末期に活躍した歌人、公家です。藤原顕輔(79番歌)の子でもあります。

85番歌

夜もすがらもの思ふころは明けやらぬ
ねやのひまさへつれなかりけり俊恵法師)

【読み】よもすがらものおもふころはあけやらぬねやのひまさへつれなかりけり
【訳】一晩中、物思いをしているこの頃は、なかなか夜が明けないので、寝室の隙間までもつれなく感じられることよ。
【解説】夜もすがら:一晩中。物思ふころは:物思いをしているこの頃は。明けやらで:夜が明けないで。
ねや:寝室。ひま:隙間。さへ:までが。歌をつくったのは俊恵法師(しゅんえほうし)で平安末期に活躍した歌人・僧です。源俊頼(74番歌)の子で、源経信(71番歌)の孫でもあります。

86番歌

嘆けとて月やはものを思はする
かこちがほなるわが涙かな(西行法師)

【読み】なげけとてつきやはものをおもはするかこちがほなるわがなみだかな
【訳】「嘆け」といって月は私に物思いをさせようとするのであろうか。いや、そうではない。月のせいだと言わんばかりにこぼれる私の涙よ。
【解説】月やは物を思はする:月が物を思わせるのか。いやそうではない。かこちがほ:「かこつ」はかこつけるという意味で、ここでは月のせいにしている。歌をつくったのは西行法師(さいぎょうほうし)で平安時代末期を代表する歌人であります。俗名は佐藤義清(さとうのりきよ)で23歳で出家し「山家集」などの歌集を残しています。

87番歌

村雨の露もまだ干ぬまきの葉に
霧立ちのぼる秋の夕暮寂蓮法師)

【読み】むらさめのつゆもまだひぬまきのはにきりたちのぼるあきのゆふぐれ
【訳】にわか雨がひとしきり降り過ぎ、その露もまだ乾ききっていないまきの葉のあたりに、霧が立ち上っている秋の夕暮れである。
【解説】村雨:にわか雨。まき:檜や杉などの常緑樹の総称。歌をつくったのは寂蓮法師(じゃくれんほうし)で平安時代末期から鎌倉時代初期にかけて活躍した歌人・僧侶です。

88番歌

難波江の蘆のかりねのひとよゆゑ
身を尽くしてや恋ひわたるべき皇嘉門院別当)

【読み】なにはえのあしのかりねのひとよゆゑみをつくしてやこひわたるべき
【訳】難波の入江に生えている蘆の刈根の一節(ひとよ)というわけではないが、一夜(ひとよ)の契りのためにわが身をつくして、これからずっとあなたを恋想い続けなければならないのでしょうか。
【解説】難波江:大阪府大阪市に位置する。かりね:「刈根(かりね)」と「仮寝(かりね)」を掛けている。ひとよゆゑ:「一節(ひとよ)」と「一夜(ひとよ)」を掛けている。みをつくしてや:「澪標(みをつくし)」と「身を尽くし」を掛けている。恋ひわかるべき:恋想いつづけなければならないのでしょうか。歌をつくったのは皇嘉門院別当(こうかもんいんのべっとう)で平安末期に活躍した女流歌人です。

89番歌

玉の緒よ絶えなば絶えねながらへば
忍ぶることの弱りもぞする(式子内親王)

【読み】たまのをよたえなばたえねながらへばしのぶることのよはりもぞする
【訳】私の命よ、絶えてしまうならいっそ絶えてしまってくれ。このまま生き長らえていると、耐え忍ぶ力が弱って人に知られてしまってはこまるから。
【解説】玉の緒:命。絶えね:絶えてしまえ。忍ぶること:耐え忍ぶこと。弱りもぞする:弱りもする。歌をつくったのは式子内親王(しょくしないしんのう)で平安末期に活躍した皇女です。新三十六歌仙・女房三十六歌仙の一人です。

90番歌

見せばやな雄島の海人の袖だにも
濡れにぞ濡れし色は変はらず
殷富門院大輔)

【読み】みせばやなをじまのあまのそでだにもぬれにぞぬれしいろはかはらず
【訳】あなたにお見せしたいものですね。涙を流しすぎて血の涙が出たために色の変わった私の袖を。あの雄島の漁夫の袖でさえ、波にかぶってひどくぬれはしましたが色は変わりませんでした。
【解説】見せばやな:見せたいものだ。雄島のあま:雄島の漁師。袖だにも:袖でさえも。ぬれにぞぬれし:ぬれにぬれた。色は変はらず:漁師の袖の色は変わらないという意味。歌をつくったのは殷富門院大輔(いんぷもんいんのたいふ)で平安末期に活躍した歌人です。女房三十六歌仙の一人です。

91番歌

きりぎりす鳴くや霜夜のさむしろに
衣かたしきひとりかも寝む
後京極摂政前太政大臣)

【読み】きりぎりすなくやしもよのさむしろにころもかたしきひとりかもねむ
【訳】こおろぎの鳴く霜が降りた寒い夜、むしろ衣を片袖を敷いて、私は一人寂しく寝るのだろうか。
【解説】きりぎりす:こおろぎ。衣かたしき:自分の袖を敷いて一人で寝ること。男女で寝るときは袖を敷きかわすことから。ひとりかもねむ:ひとりで寝るのだろうか。歌をつくったのは後京極摂政前太政大臣(ごきょうごくせっしょうさきのだいじょうだいじん)で九条良経(くじょうよしつね)として知られています。平安末期から鎌倉前期にかけて活躍した公卿です。藤原忠通(76番歌)の子でもあります。

92番歌

わが袖は潮干に見えぬ沖の石の
人こそ知らねかわく間もなし(二条院讃岐)

【読み】わがそではしほひにみえぬおきのいしのひとこそしらねかわくまもなし
【訳】私の袖は引き潮の時にも見えない沖の石のように、他人は知らないだろうがいつも涙にぬれて、乾くひまもない。
【解説】潮干:引き潮の状態。人こそ知らね:他人は知らないが。歌をつくったのは二条院讃岐(にじょういんのさぬき)で平安末期から鎌倉前期にかけて活躍した歌人です。女房三十六歌仙の一人です。

93番歌

世の中は常にもがもな渚漕ぐ
海人の小舟の綱手かなしも(鎌倉右大臣)

【読み】よのなかはつねにもがもななぎさこぐあまのをぶねのつなでかなしも
【訳】世の中の様子がいつまでも変わらずにあって欲しいものだ。波打ち際を漕ぐ漁師の小舟が綱手に引かれている光景は、なんとも感慨深い。
【解説】常にもがな:永久に変わらなければ良いなあ。渚:波打ち際。あまの小舟:漁師の小舟。綱手:船を引く縄。かなしも:心が惹かれているなあ。歌をつくたのは鎌倉右大臣(かまくらのうだいじん)で鎌倉幕府三代将軍、源実朝(みなもとのさねとも)として知られています。28歳で暗殺され、生涯を終えてしまいます。

94番歌

み吉野の山の秋風さよ更けて
ふるさと寒く衣打つなり
参議雅経)

【読み】みよしののやまのあきかぜさよふけてふるさとさむくころもうつなり
【訳】吉野の山に秋風が吹き、夜は更けて寒さが広がりわびしいの古都吉野では、衣を砧(きぬた)で叩く音が響いている。
【解説】み吉野:奈良県吉野のこと。さよふけて:夜がふけて。ふるさと:古里。衣打つ:衣を打つ。歌をつくったのは参議雅経(さんぎまさつね)で飛鳥井雅経(あすかいまさつね)として知られています。平安末期から鎌倉前期にかけて活躍した歌人・公家です。

95番歌

おほけなく憂き世の民におほふかな
わが立つ杣に墨染の袖
前大僧正慈円)

【読み】おほけなくうきよのたみにおほふかなわがたつそまにすみぞめのそで
【訳】身の程もわきまえないが、このつらい世を生きる民を包みこもう。比叡山に住みはじめた私の、この墨染めの衣の袖で。
【解説】おほけなく:身分不相応に。わが立つ杣:比叡山の異名。墨染の袖:僧侶が着る墨色に染めた法衣の袖。歌をつくったのは前大僧正慈円(さきのだいそうじょうじえん)で平安末期から鎌倉初期にかけて活躍した天台宗の僧です。藤原忠通(76番歌)の子で、九条良経(91番歌)の叔父でもあります。

96番歌

花さそふ嵐の庭の雪ならで
ふりゆくものはわが身なりけり(入道前太政大臣)

【読み】はなさそふあらしのにはのゆきならでふりゆくものはわがみなりけり
【訳】桜の花を誘って散らす嵐の日の庭は、桜の花が雪のように降るが、ふりゆくのは私自身なのだなあ。
【解説】花さそふ:嵐が桜の花をさそって散らす。雪ならで:雪ではなくて。ふりゆくもの:「降りゆく」と「古りゆく(老いてゆく)」を掛けている。歌をつくったのは入道前太政大臣(にゅうどうさきのだいじょうだいじん)で西園寺公経(さいおんじきんつね)として知られています。平安末期から鎌倉前期にかけて活躍した歌人・公卿です。藤原定家の義弟でもあります。

97番歌

来ぬ人をまつほの浦の夕なぎに
焼くや藻塩の身もこがれつつ(権中納言定家)

【読み】こぬひとをまつほのうらのゆふなぎにやくやもしほのみもこがれつつ
【訳】来ない人を想って、その松帆の浦の夕なぎの時に焼く藻塩のように、私の身は来ない人を想って恋い焦がれています。
【解説】まつほの浦:兵庫県淡路島の北端に位置する海岸。夕なぎ:夕凪。藻塩(もしお):海藻に海水をかけて、その海藻を焼いて水に溶かし、さらに煮詰めて精製した塩のこと。歌をつくったのは権中納言定家(ごんちゅうなごんさだいえ)で藤原定家(ふじわらのさだいえ)として知られています。鎌倉時代初期に活躍した歌人・公家で、小倉百人一首の撰者です。藤原俊成(83番歌)の子でもあります。

98番歌

風そよぐ楢の小川の夕暮は
御禊ぞ夏のしるしなりける
従二位家隆)

【読み】かぜそよぐならのをがはのゆふぐれはみそぎそなつのしるしなりける
【訳】風がそよそよと吹いて楢(なら)の葉をそよがせている、このならの小川の夕暮れはまるで秋のようだが、ただ禊の行事がおこなわれていることだけが夏である証なのだなあ。
【解説】風そよぐ:風がそよそよと吹く。ならの小川:京都市上賀茂神社の付近に位置する御手洗川(みたらしかわ)のこと。みそぎ:川の水で身を清めること。歌をつくったのは従二位家隆(じゅにいいえたか)で藤原家隆(ふじわらのいえたか)として知られています。鎌倉時代初期で活躍した歌人・公卿です。

99番歌

人も愛し人も恨めしあぢきなく
世を思ふゆゑにもの思ふ身は(後鳥羽院)

【読み】ひともをしひともうらめしあぢきなくよをおもふゆゑにものおもふみは
【訳】人が愛おしくも、恨めしくも思われる。つまらない世だと思っているために、さまざまな物思いをし悩んでしまうこの私には。
【解説】人も愛し:愛おしい。あぢきなく:おもしろくなく。歌をつくったのは後鳥羽院(ごとばいん)で第八二代の天皇です。

100番歌

百敷や古き軒端のしのぶにも
なほ余りある昔なりけり(順徳院)

【読み】ももしきやふるきのきばのしのぶにもなほあまりあるむかしなりけり
【訳】宮中の古びた軒に忍ぶ草を見ていても、いくら忍んでも忍び尽くせないのは古き良き時代であるなあ。
【解説】ももしきや:宮中の。しのぶにも:「忍ぶ草」と「忍ぶ」を掛けています。なほ:やはり。昔:古き良き時代。宮が栄えた頃。歌をつくったのは順徳院(じゅんとくいん)で第八四代の天皇です。

「百人一首」を使った競技「かるた」とは

実際に、日本では百人一首を使った競技である「競技かるた」が行われています。「競技かるた」とは全日本かるた協会が定めた規則にそってかるたを行う競技です。

「競技かるた」の詳しい内容:映画【ちはやふる】でも人気の【競技かるた】とは

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